──自分も相手も守り、コミュニケーションを続けるために──
はじめに:受け取らないという選択
「いがぐり」のお話では、
- トゲのある言葉を、そのまま受け取る必要はないこと
- トゲ(言葉)ではなく、中の栗(意図)を見る視線を持つこと
についてお話ししました。
ここでは、もう一歩進めて、
「受け取らないことで、むしろコミュニケーションが成立する」
という、少し不思議な現象について考えてみます。
※これは、
今あなたが「いがぐり」を投げつけられていて、
それでもなお関係を続けたいと強く願う相手がいる場合のお話です。
そうでなければ、そっと距離を取るだけでも十分です。
まず大切な前提として、
あなたは「”あなた自身”を最優先」で守っていい。
その上で、読み進めてください。
「キャッチボール」にならない会話
会話は「言葉のキャッチボール」です。
でも、言葉のキャッチボールをせず、
いきなり「いがぐり」を投げてくる人がいます。
(思春期のお子さんなどでは特に顕著で、
この構造については、別の記事で詳しく触れています。)
たとえば、
「今日の晩ごはん、何が食べたい?」と尋ねたとき、
「栗ご飯が食べたい」と返ってくる。
これが、ふつうのキャッチボール。
ところが現実には、
「うぜぇ」
といった暴言が返ってくることがあります。
これは、
「栗ご飯が食べたい」という気持ちを伝えるためだけに、
栗入りのいがぐりを投げつけてくる
ようなものです。
いがぐりを受け止め続けると、何が起きるか
ここで、「ちゃんと向き合わなきゃ」と思って
いがぐりを受け止め続けたら、どうなるでしょうか。
心はトゲで傷つき続け、
しかも中の栗が見えないため、
「栗ご飯が食べたいんだね」という
意図をくみ取ったボールを返すことができません。
相手が本当に伝えたいのは、
あくまで「中の栗」です。
それなのに結果として、
「伝わっていない」状態が続いてしまいます。
すると相手は、
「もっと伝えなければ」と感じ、
さらに強くいがぐりを投げるようになります。
やがてあなたは耐えきれず、
身を縮めるか、その場から離れるしかなくなってしまう。
そうなれば「ますます伝わらない」うえ、
相手はあなたをひどく傷つけているため、
失望や無力感、不信感、そして自責や他責など
さまざまな感情に襲われ、
最終的には「伝える」ことを諦めるようになってきます。
これが、本当のコミュニケーションの決裂です。
「受け取らない」という観察の姿勢
では逆に、
あなたが「受け取らずに観察する」ことができたらどうでしょう。
相手が、周囲にいくらでも方法があるのに、
なぜか「いがぐりばかり」投げている。
その事実に、気づく余裕が生まれます。
そして、トゲには触れず、
中の栗だけを抜き出して、
「栗ご飯が食べたかった?」
と、意図だけをボールとして返すことができるかもしれません。
伝わっても、言葉が返ってくるとは限らない
もしあなたが”栗”を抜き出してボールを返せたとしても、
多くの場合、相手は「そうだよ」とは返してきません。
舌打ちやため息、「今さらかよ」などといった、
別のいがぐりを投げてくるでしょう。
それでも、中の栗をよく見てみると、
そこには
「ようやく伝わった」という安堵が
透けて見えることがあります。
このやり取りでは、
相手は一度もきれいなボールを投げていません。
それでも、
コミュニケーションは、確かに成立しています。
これが、「受け取らない力」によるコミュニケーションです。
「痛みに耐え続ける」のではありません。
むしろ「痛みを避ける」ことで、
あなたの大事な人との関係が続けやすくなる、というお話です。
おわりに
もし今、
あなたが大事に思う誰かの”いがぐり”で傷ついているなら、
この視点を思い出してください。
受け取らないことは、
冷たさでも、無関心でもありません。
- あなたが傷つかないため
- 相手に、あなたを傷つけさせないため
- 関係が決裂しないため
そのすべてを守るためのひとつの選択肢。
受け取らない力とは、
「何も感じない」ことではなく、
感じる場所を、自分で選ぶ力なのです。
ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
こちらへ…
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