「みんなと同じ」について


「みんなと同じ」が当たり前の世界

私たちは、小さい頃から
「みんなと同じであること」を求められて育ちます。

同じ制服を着て、同じ時間に登校し、同じ授業を受ける。
同じようにテストを受け、同じような基準で評価される。

そして、少しでもそこから外れると、こう言われます。

「なんでみんなと同じようにできないの?」
「周りを見てごらん」
「空気を読みなさい」

こうして私たちは、気づかないうちに
「みんなと同じ=正しい」
という価値観を身につけていきます。

でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。

本当に、「みんなと同じであること」は、絶対に正しいのでしょうか?


同調には意味がある

もちろん、同じであることには意味があります。

社会の中で生きていく以上、
ある程度のルールや共通認識がなければ、物事はうまく回りません。

交通ルールがバラバラだったら危険ですし、
仕事でも、最低限の共通理解がなければ協力はできません。

つまり、

「みんなと同じであること」には、
“秩序を保つ”という大切な役割があります。


問題は「行き過ぎること」

ただし、それはあくまで「必要な範囲で」の話です。

それが行き過ぎたとき、どうなるか。

「みんなと同じ」が正しさの基準になり、
そこから外れることが「間違い」や「劣っていること」と見なされるようになります。

本当はただ「違うだけ」なのに、です。


個性が消えていく

たとえば、

  • 興味のあることがみんなと違う
  • 得意なこと、苦手なことが違う
  • 感じ方や考え方が違う

これらは本来、すべて自然な「個性」です。

それにもかかわらず、それが否定されると——

人は「自分を出すこと」をやめます。

周りに合わせるために本音を隠し、
違和感を飲み込み、
「正解」とされる行動を選ぶようになります。


「安心」か、「自由」か

その結果にあるのは、「安心」かもしれません。

誰にも否定されない。
浮かない。
叱られない。

でもそれは同時に、「自由ではない」状態でもあります。

自分を守る代わりに、自分を抑え込んでいるからです。


「みんな同じ」がもたらすもう一つの問題

もう一つ、大きな問題があります。

それは、
「新しいものが生まれなくなること」です。

もし、全員が同じ考え、同じ行動、同じ価値観を持っていたら、
違いがなく、疑問も生まれず、挑戦も起きません。

つまり、変化が止まります。

「みんな同じ」は、とても安定していますが、
同時にそれは「何も変わらない世界」でもあります。

安定と停滞は、紙一重なのです。


あなたはどちらを選びますか?

ここで、少しだけ自分に問いかけてみてください。

あなたが生きたいのは、

・間違いはないけれど、何も変わらない世界
・違いがあるからこそ、何かが生まれる世界

どちらでしょうか。


おわりに

「みんなと同じであること」は、必要な場面もあります。

でも、それがすべてではありません。

それが絶対の正しさになったとき、
私たちは知らないうちに、自分を狭い場所に閉じ込めてしまいます。

では、「違うこと」にはどんな価値があるのでしょうか。

次の記事では、
「はみ出した人が、なぜ世界を動かしてきたのか」
について、もう少し踏み込んでいきます。



ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
こちらへ…

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