休んだ日の過ごし方

── ちゃんと休もう ──

体は休んでいても

仕事や学校を休んだ日。
体は確かに、動きを止めているかもしれません。

けれど心は、どうでしょうか。

「本当は行かなきゃいけないのに」
「自分はダメなんじゃないか」

そんな言葉が頭の中を巡り続けていたら、
たとえ横になっていても、
心は少しも休まっていません。

せっかく休んだのなら、
心も一緒に休ませなければ、もったいないのです。

「休み方」も、目的から考える

「自宅療養」という言葉に縛られて、
ただ家に閉じこもっていませんか。

それが本当に心を休ませるなら、
もちろん悪いことではありません。

けれど、心がつらくて休んでいるのなら、
優先すべきなのは「家にいること」ではなく、
「心が休まったり、元気になったりすること」です。

体の病気なら、自宅で安静にする必要があります。

でも、心の疲れで休んでいるなら、
思い切って小さな旅行をしたっていいんです。

お気に入りのカフェに行ったり、
ちょっと外の空気を吸うだけでも構いません。

「何もしないこと」ではなく、
「しっかり心をゆるめること」を考えてみてください。

「何をすべきか」ではなく「何をしたいか」

「休んだ日は、何をしたらいいのか分からない」
という声もよく聞きます。

でも考えるべきなのは、
「何をするべきか」ではありません。

「何をしたいか」です。

それも分からないときは、
「何なら出来そうか」から始めてもいい。

完璧な答えは必要ありません。
小さな選択でいいんです。

「したい」わけじゃない、”惰性”

一日中スマホやゲームをして過ごす。
それ自体が悪いわけではありません。

けれど、少しだけ問いかけてみてください。

それは、本当に「したいこと」ですか?
「他にすることがないから」
「考えたくないから」
惰性で続けているだけではありませんか?

もし思い当たるなら、それは「休む」よりも
「考えないようにしている」時間かもしれません。

心が疲れ切っているときは、何も考えない時間が必要なこともあります。
つらすぎるときには、ただ逃げることが支えになることもあります。

でも同じ「心を逃がす」なら、
本当にしたいことを選ぶほうが、
自分の心とつながったままでいられます。

休むときは、堂々と

休むことに、後ろめたさを感じる必要はありません。

休む日は、ちゃんと休む日です。

堂々と休む。
自分がしたいことをする。

それができたとき、心は少しずつ回復します。

休むことは、止まることではありません。
次に立ち上がるための、大事な準備なのです。

今日、あなたの心はちゃんと休めましたか?



ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
こちらへ…

▶︎灯のそばで、ひと休みする

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