はじめに
誰かを責めたくなる夜があります。
あの人のせいでこうなった。
あんな言い方をされたから傷ついた。
あの出来事さえなければ、こんな気持ちにならなかった。
そんなふうに、頭の中で何度も相手を責めてしまう夜です。
でも、それはあなたが性格の悪い人だからではありません。
心が苦しさをどうにか処理しようとしている、自然な反応です。
ただ、その方法はときどき、
あなた自身をしあわせから遠ざけてしまいます。
今日はその話をします。
責めたくなるのは、苦しいから
人は、強い不快感や傷つきを感じたとき、
「なぜこんなことになったのか」
「誰のせいなのか」
と原因を探したくなります。
原因が見つかれば、少し落ち着ける気がするからです。
脳にとって、
理由の分からない痛み はとてもつらいものです。
だから、
- 誰かのせいにする
- 自分のせいにする
- 世の中のせいにする
こうして“犯人探し”が始まります。
でも、現実には「誰も悪くないこと」も多い
たとえば、
楽しみにしていたデートの日に雨が降った。
予定していた電車が遅れた。
相手と気持ちのタイミングが少しズレた。
残念で、悲しくて、がっかりすることはあります。
でもそこに、
必ずしも悪者がいるとは限りません。
ただ、
嫌だった。悲しかった。残念だった。
それだけのことも、たくさんあります。
「嫌な気持ち」と「誰かの責任」は別の話
ここが、とても大切なところです。
私たちはときどき、
- 嫌な気持ちになった
↓ - 誰かが悪いはずだ
と無意識につなげてしまいます。
けれど、
自分がつらいこと と
誰かに責任があること は、同じではありません。
嫌な気持ちは本物です。
ちゃんと大事にしていい感情です。
でも、その感情を成立させるために、
必ず犯人が必要なわけではありません。
責め続けると、心は休めなくなる
誰かを責めている間、心は戦闘状態になります。
- どうしてくれよう
- 分からせたい
- 謝ってほしい
- 認めさせたい
こうした思考は、一時的には力をくれます。
でも長く続くと、
一番消耗するのは、
責めている本人です。
相手が変わらない限り終われないからです。
そうなると、
自分の心の回復が相手次第になってしまったり、
相手を叩き潰すまで止まれなくなってしまったり…
それは、本当にあなたの望むことですか?
問いを変えると、少し楽になる
そんな夜は、問いを変えてみてください。
「誰が悪い?」ではなく、
👉 私は何が嫌だったんだろう?
👉 本当はどうしたかったんだろう?
👉 今の自分にできることは何だろう?
たとえば雨のデートなら、
- 外を歩きたかった
- 楽しい日にしたかった
- がっかりして悲しかった
- 次は屋内プランも考えたい
こうして、
責任探しから、自分の気持ちと未来へ戻れます。
もちろん、本当に理不尽なこともある
ここで一つ大切な補足です。
世の中には、
- 暴力
- 継続的な支配
- 明確な搾取
- 不当な扱い
のように、きちんと問題として扱うべきこともあります。
その場合は、我慢したり美化したりせず、
距離を取る・相談する・守る行動が大切です。
この記事は、
答えの出ない責任探しで、自分が消耗している夜の話です。
今日の最小実践
責めたい相手の名前を書く代わりに、
こう書いてみてください。
👉 私は、とても○○だった。
- 悲しかった
- 悔しかった
- 寂しかった
- がっかりした
それだけで十分です。
感情は、責めなくても存在できます。
おわりに
誰かを責めたくなる夜は、
あなたの心が弱い夜ではありません。
むしろ、
それだけ嫌だった
それだけ傷ついた
ということです。
だから本当に必要なのは、
犯人ではなく、理解かもしれません。
まずは自分が、自分の気持ちを理解してあげてください。
それだけで、夜は少し静かになります。
ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
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