安全な言葉、危険な言葉

言葉には、役割がある

言葉には、同じ「本音」でも
使うと少し楽になる言葉と、
使うほど自分を追い詰める言葉があります。

どちらも嘘ではありません。
ただ、役割が違うだけです。


安全な言葉

安全な言葉は、
今の状態を床に置いて、観察するための言葉です。

たとえば、

  • つらい
  • 怖い
  • 疲れている
  • 余裕がない
  • 期待しすぎている

これらは、感情を確認するための言葉です。
使っても、自分を殴りません。

特に大事なのは、
「何を期待しすぎているのか」という問いです。

期待は希望にもなりますが、
同時に、苦しさを何倍にも膨らませます。

それに気づくだけで、
世界は少しだけ静かになります。


危険な言葉

一方で、危険な言葉もあります。

  • あいつが憎い
  • 自分はダメだ
  • 死にたい

これらも、たしかに本音です。
否定する必要はありません。

ただし、これらの言葉は
観察には向いていません。

使えば使うほど、
脳は「今ここは本当に危険だ」と学習してしまいます。

これらは、
赤く点滅する警報ランプのような言葉です。

一度鳴るのは必要でも、
鳴らし続けると、心がすり減ります。


言葉の役割を取り違えない

大事なのは、
危険な言葉を禁止することではありません。

常用しないことです。

まずは、安全な言葉で状態を置く。
床に下ろす。
落ち着いて眺める。

そのために、言葉を使っていきます。

(ただ、言葉だけでなく、
 意識のカメラそのものがどこを向いているかが、
 重要な場合もあります。)


変わらなくていい。ただ、殴らないでほしい

変わらなくていい。
前に進かなくてもいい。

ただ、
自分を殴る言葉を、観察の道具として使わないでほしい。

言葉は、万能の魔法ではありません。
でも、無力でもありません。

言葉は、
人生を変えようとしてきた人を、
少し楽にするための道具です。



ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
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▶︎灯のそばで、ひと休みする

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