──心が疲れにくくなる考え方──
希望と期待は違う
何かを信じたい気持ちと、裏切られる怖さが、
同時にあるときはありませんか?
実は「希望」と「期待」は、似ているようで、少し違います。
希望とは、
自分の未来の可能性を信じること。
一方で期待とは、
望む結果が手に入ることを前提にすること。
この二つは、心の動き方を大きく変えます。
希望は人を動かし、期待は人を待たせる
希望を持つと、人は動けます。
うまくいくかどうかは分からなくても、
「まだ何かできるかもしれない」と思えるからです。
期待は、少し違います。
期待をすると、人の心は待ちます。
結果がやって来ることを暗黙の前提にして、
たとえ体は動いていても、
心はその時が来るのをじっと待ってしまう。
でも、期待は、私たちが思うより簡単に揺らいでしまいます。
期待が苦しみを増やす理由
仏教には、「求不得苦(ぐふとっく)」という言葉があります。
求めるものが得られない苦しみです。
これは四苦八苦のひとつですが、
実は他の苦しみまで増幅させてしまう、
かなり厄介なものでもあります。
しかも期待が大きいほど、
叶わなかったときの落差も大きくなります。
だからこそ大切なのは、
希望は捨てず、期待は小さくすること。
それだけで、心の負担は驚くほど軽くなります。
「期待」は、他人に預けたハンドル
私たちはつい、
「こうしてほしい」「分かってほしい」と、
他人や社会に期待を向けてしまいます。
けれど、相手や環境は、
自分の思い通りに動かせるものではありません。
期待とは、
「相手や状況が、自分の望む形になる」のを待つこと。
言い換えれば、他者にハンドルを預けた状態です。
そのままでは、不満が溜まるのも無理はありません。
自分に戻ってくるための小さな転換
不満を減らすために必要なのは、
期待をやめることではありません。
向け先を変えることです。
「こうしてほしい」ではなく、
「自分はどうしたいか」。
「分かってほしい」ではなく、
「自分は何を出来るか」。
他人や状況に期待する代わりに、
自分の行動に目を向ける。
それだけで、
「自分の選択で進んでいる」という感覚が戻ってきます。
もちろん、何も出来ない日があっても構いません。
「”毎日必ずできる”ことを期待しない」ことも、
一つの選択だからです。
まとめ
希望は、持っていていいものです。
それは、未来に向かって歩くための力だから。
でも、期待は小さくていい。
大きな期待は、しばしば心を縛ります。
希望は胸に。
期待は手放しやすい大きさで。
そのくらいの距離感が、
心をいちばん自由にしてくれます。
ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
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