教室に「手がかかる」と感じられる子がいるとき、
それは実は――
教師が信頼を獲得し、
子どもたちが人として成長できる、大きなチャンスでもあります。
※これは「我慢を美徳にする話」ではありません。
教室という構造が生む「手のかかる子」
多くの学校、特に小学校では、
一人の担任が、多くの子どもたちを、
一つの教室で、できるだけ同じペースで育てる
という構造が求められています。
その中で、
・集団と同じ行動をしない
・感情の調整が難しい
・指示通りに動けない
そんな子どもがいると、どうしても「手のかかる子」という位置づけになりやすくなります。
担任が一人で抱え込むと起きること
担任が「その子を、みんなと同じにしなければ」と一人で背負うと、
次のような連鎖が起こりやすくなります。
担任側
- 対応の場面が近づくと、気持ちが先に重くなる
- 同じ子に注意が向き続け、他の子を見る余裕が減る
- カリキュラムの遅れなど、物理的な問題も生じる
- 以前なら流せていた出来事に、消耗を感じやすくなる
- 「自分の関わり方が悪いのでは」と考える時間が増える
- 相談したい気持ちはあるが、言葉にしづらくなる
周囲の子どもたち
- その子の行動が、担任を独占し、クラスの進行を止めるものとして認識されやすくなる
- 「良くない存在」というラベルが、暗黙の了解として広がる
- 「みんなと同じでないことは良くないこと」という認識を持つようになる
- 大人が余裕を失う事態に直面し続ける
この空気の中で、子どもたちは無意識にこう学びます。
- 異質なものは排除すべき
- 困難は一人で耐えるもの
- 大人は頼れない
――これは、教育としてとてももったいない状態です。
重要なのは「担任が一人で抱えない」こと
だからこそ、
「みんなと同じにしない子」を、
担任が一人でどうにかしようとしてはいけない
のです。
必要なのは、個人対応ではなく、学校としてのシステム化です。
教室を守るためのシステム対応の例
例えば、次のような流れです。
(※あくまで一例です。こちらの記事で、より具体的な内容も紹介していますが、学校の規模や人員に応じて、できる形に調整してください)
- 教室でトラブルが起きたら、即座に「トラブル担当の教師」を呼ぶ
- 担当到着までの間、学級委員などがクラス運営をサポートする
- 担当が児童をその場から離脱させ、教室は速やかに通常進行へ戻る
- 離脱した児童は、別室で落ち着く対応を受ける
- 落ち着いたら教室へ戻る
- 担任は笑顔で迎え入れる
ここで大事なのは、
誰も責めず、誰も孤立させないことです。
子どもたちの認識はこう変わる
この対応を積み重ねると、教室の子どもたちはこう感じます。
- 先生たちは協力して問題を解決している
- 自分たちも役割を持って関われた
- 異質な存在も、受け入れられる
そして、子どもたちの中に育つ価値観は――
- 大人は信頼できる
- 問題は協力して解決できる
- 自分たちにも力がある
- 違いは排除するものではない
という、人としてとても大切な基盤です。
「手のかかる子」は、教育の宝物
「手のかかる子」がいる教室は、
大変な教室ではありません。
それは、
- 大人の在り方を示せる場所
- 協力を学べる場所
- 多様性を体験できる場所
- 自己肯定感を育てられる場所
になります。つまり――
「手のかかる子」は、教室の宝物なのです。
その存在があるからこそ、
教室はただの勉強の場ではなく、
人が人として育つ場になります。
ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
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