── 彼らはなぜ「冷たい人」に見えるのか ──
はじめに
アスペルガーという言葉ほど、
誤解を集めてきたものは多くありません。
- 空気が読めない
- 自己中心的
- 他人の気持ちが分からない
- 冷たい人
こうした評価は、
行動だけを見れば、確かにそう「見える」ことがあり、
学校では「態度の問題」として処理されやすい傾向があります。
でも、その見え方は、見る角度を間違えた結果です。
見る角度で顔が変わるアスペルガー
アスペルガーは、どこから見るかで、まったく別の顔をします。
行動様式から見ると
- 強いこだわり
- 文脈が読めない発言
- 一方的な会話
- 対人関係のぎこちなさ
これらは、古典的な自閉症の行動様式とよく似ています。
だから、長いあいだ「高機能自閉」と呼ばれてきました。
外から見れば、確かに似ていると言えます。
内的体験から見ると
ところが、内側で起きていることは、まったく違います。
- 他者への関心はある
- どう見られているかを気にする
- 関係を持ちたい気持ちもある
- でも、「正解」が分からない
これは、「人に無関心」な状態ではありません。
むしろ、他者を強く意識しすぎている状態です。
決定的な違いを整理する
ここで一度、混同されやすい三者を整理します。
古典的自閉症
- 他者表象そのものが弱い
- 世界は「自分」か「物」
- 社会的期待が入力されにくい
- 言語や象徴機能の発達自体が遅れる
他人に合わせないのではなく、
そもそも他人が立ち上がりにくい。
いわゆるASD(広義)
- 他者や環境への感受性が高い
- 情報量が多すぎる
- 緊張と予測で処理が詰まる
- 結果として行動が崩れる
他人に配慮できないように見えるのは、
余裕が残っていないからです。
アスペルガー
- 他者表象はある
- しかも、理屈としてはかなり発達している
- ただし、暗黙ルールが見えにくい
- 情動や文脈の微細な「更新」を追えない
つまりアスペルガーは、
他者理解の自動化だけが抜け落ちている状態
と言えます。
アスペルガーの核心
ここが一番、誤解されるところです。
アスペルガーの人は、他人を見ていないのではありません。
見すぎています。
- 相手の言動
- 過去のやり取り
- そこから導かれる「相手像」
それらを材料にして、頭の中で、
とても論理的な「他者モデル」
を作ります。
問題は、そのあとです。
見すぎて、誤読して、固定化する
アスペルガーの人は、一度作った他者モデルを、
- 論理的
- 一貫している
- 過去の経験から妥当
だと判断すると、それを使い続けてしまうのです。
なぜなら、
更新は予測コストが高く、
間違えた時のダメージが大きい
からです。
これは怠慢ではなく、合理的な自己防衛です。
だから相手が変化しても、
関係性が更新されても、
モデルが更新されない。
外から見ると、「相手の気持ちを考えていない」ように見えます。
でも実際には、もう考え終わったことになっている。
しかも、
本人の中では「ちゃんと考えた結果」
なので、修正の必要性に気づきにくいのです。
対人トラブルの正体
アスペルガーの対人トラブルは、
共感の「欠如」から起きているわけではありません。
- 共感しようとはしている
- 理解しようともしている
- でも、方法が固定化している
その結果、
- 相手の変化に追いつけない
- ズレに気づかない
- 一方的だと受け取られる
という事態が起こっているのです。
これは、冷酷さの問題ではありません。
柔軟性の問題です。
「高機能自閉」と呼ばれてきた理由
行動だけを見れば、アスペルガーは古典的自閉症と似ています。
でも、内側で起きていることは、真逆に近いのです。
古典的自閉症は、
他者が立ち上がらない。
アスペルガーは、
他者が立ち上がりすぎて、しかも固定される。
だから同じ言葉で括ると、必ず誤解が生まれます。
まとめ
アスペルガーの人の対人困難は、
共感が欠如しているためではありません。
共感モデルの硬直です。
人を理解しようとしすぎて、
ルール化しないと処理できなくなった特性。
それが、
「冷たい人」
「自己中心的」
という誤解を生んできました。
理解すべきなのは、善意の有無ではなく、
更新の仕方です。
そのため、
「共感を育てる」
「相手の気持ちを考えさせる」
という支援が、
アスペルガーの人を含む、
発達特性のある人には逆効果になることがあります。
次の記事から3回に渡って、
教室という場では何が起きているのか、
そしてなぜ「逆効果」が起きるのか、
具体的に見ていきます。
ここに灯した言葉を読んで、
もう少し火にあたっていこうと思われたら、
こちらへ…

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